『わたし史上最高のおしゃれになる!』『お金をかけずにシックなおしゃれ』などの著書があるファッションブロガー小林直子さんが、愛用しているアイテムをご紹介します。
スリッパでの階段の上り下りが苦手
来客用の履物で新しいものが必要なので…
そういう事情なので、家ではスリッパは履かず、暑い間は裸足、冬になったらルームソックスを履くという生活でなんら問題なく過ごしていました。 しかし、それとは別に、玄関には来客用の室内で履くための何かしらのものを用意しなければなりません。 私はスリッパが苦手だけれども、お客様はそんなことないよね、ということで、当初は、何かのお返しに誰かから頂いたごく普通のスリッパを並べていたのですが、布のスリッパは案外と早くうす汚れ、都度、新しいものに取り換えなければなりません。 頂き物のスリッパも在庫がつきて、そろそろ新しいものを買わなければならないとき、思い出したのがバブーシュです。バブーシュとはモロッコで着用される皮革製の履物で、日本では主に室内履きとして利用されているものです。
桐島かれんさんの世界の雑貨のセレクトショップで出会った
バブーシュとの出合いは鮮明に覚えています。今から20年ほど前のこと、私はアンティーク好きの友達と、麻布界隈の「さる山」や「アンティークタミゼ」といった小さなお店を見て回りました。 その道すがら、当時は元麻布の住宅街にあった「ハウスオブロータス」という桐島かれんさんが始めた世界各国の雑貨を売るセレクトショップに立ち寄りました。 セレクトショップといっても、そこは古い洋風の一軒家。お店に入るためには靴を脱いで、室内用の履物に履き替ることになっていました。そこで履き替え用に並んでいたのがバブーシュでした。 初めて見る謎の履物。その名前がバブーシュであるということも知らず、恐る恐る足を差し入れてみると、それは普通のスリッパよりも軽く、一歩二歩と歩いてみても、足にそっと寄り添って、離れることはありません。 世界各国から集めた雑貨が並ぶ、誰かのおうちのリビングのような店内を、バブーシュを履いて移動しても、スタスタと音を立てることもなく、履いているのを忘れるほどです。
そのとき確かに私の心は動きました。動いた証の刻印が、脳内の情報網のどこかに保管されました。しかし、当時の私は特にスリッパを探していたわけではなかったので、そこでは買うに至らず。そのときはお香を買って家に帰りました。 新しく来客用のスリッパを用意しようと思ったとき、迷わずバブーシュを買おうと決めました。 最初の一足を買った当時は、まだほとんど売っておらず、やっと通販で見つけたものの、色柄ともそれほど豊富でありませんでした。しかし、年がたつにつれ、いつの間にかバブーシュは店頭に並ぶようになり、色柄サイズとも、好きなものを選べるほどになりました。
お客が好きな色と柄を選べるようわざと多くの種類を
来客用のスリッパは同じ種類のものを揃える家庭が多いと思いますが、私はわざと色と柄をずらしています。 理由はいらしたお客様がそれぞれ好きなものを選べるようにするためです。その日の気分によって、あるいはその日に着ている服の色と合わせるなんていうのも楽しいはず。 「どれでも好きな色のものを履いて!」と言うと、いらした皆さんがちょっとだけ嬉しそうに、どれを履こうか迷う姿を何度も見ました。
皮革製品のため、ちょっと値段の張るバブーシュですが、靴用のクリームで磨けば何年もきれいに保つことができますし、布製品よりは長もちします。 また、足指も蒸れにくく、履いていくうちにだんだんと足になじんできて、より一層履きやすくなります。そして何より、皮革のバブーシュだと、途中で脱げ落ちることなく階段の上り下りができます。
いいもの、美しいものは世界じゅうに存在している
モロッコと言えば、マレーネ・ディートリッヒの映画か、あるいはクスクスぐらいしか思いつかなかった私が住む家に、ケイト・ブッシュの歌曲の題名に似ていることから覚えていた、不思議な名称を持つ山羊皮でできた履物がこうして玄関の上がり框(かまち)に並ぶのも、美しき店主が、まだ日本の人々が存在も名前も知らぬ、けれども世界には確かに存在している美しきものたちを紹介してくれたおかげでしょう。 そこにあることも、名前も知られていなくても、いいもの、美しいものは世界じゅうに存在しています。そういったものを長く大事に使い続けることが本当の豊かさではないかと、私は考えています。
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